2011年12月05日

八雲神社(一関市青葉2丁目)

DSCF0854t.jpg祭神:(素戔嗚尊)

詳細不明。

御天王山に鎮座(ちょっとした坂が有るくらいで、山とは・・・、現在も生きている地名ではないのでは?)
江戸時代の『宝暦風土記』には、川原田の牛頭天王社として、由緒不明の古い社として記載されています。
その後、配志和神社の境内に移転しますが(合祀?)、再び配志和神社の八雲神社から分霊されました。
配志和神社の境内(参道の入口付近、白鳥神社横)にある八雲神社の社殿が、元の社殿の様です。
ここのお祭りには、何故かキュウリが付き物だとか。

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DSCF0912t.jpg会場から一番近い神社(パブリック)はここかも?
石碑を見るには古そうですが、比較的新しい小さな社殿です。
狛犬、石灯篭は平成十四(2002)年建立で、白さがまだ目に痛い。
それよりも、境内全体がコンクリートで固められているのが、何とも。
横の石碑、約10柱も根元から固められて、何となく痛々しい(揺れても倒れないだろうけど)。

鋭い三角形の金華山の碑がちょっとかっこいいと思いました。

写真上:現社殿
写真下:配志和神社の旧社殿

配志和の森さんぽ 様
http://www3.ocn.ne.jp/~hashiwa/sanpo13.htm
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稲荷神社(初恋神社、一関市田村町)

DSCF0841t.jpg祭神:(稲荷だし)

平成六(1994)年建立。
世嬉の一酒造の(多分)屋敷神。
氏神様・蔵の神様・お稲荷様。

閑院の宮がこの造り酒屋に宿泊した際、建てた建物の一部を利用して建立されました。
使ったのは車寄せの部分だそうで、だから幕の紋が車輪なのでしょうか?
この造り酒屋に一時期住んだ島崎藤村の恋愛絡みで「初恋神社」との別名があります。

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即売会会場に一番近いが、どうみても屋敷神。参っちゃたんで載せる。
酒造蔵跡を利用して作った、博物館・レストランの一角に鎮座。
庭と言っていい部分なんで、花のある季節だと、絵になると思う(桜の木が有るらしい)。
しかし、初恋神社って別名は、あざといなぁ。とも思う。

御神籤箱があったんで、引いてみよう。
中に手を入れると、蜘蛛が・・・。
暫く御神籤箱には、手を入れられないかも。
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2011年11月30日

粟津天満神社(加古川市加古川町粟津)

DSCF0785t.jpg祭神:菅原大神

元和元(1615)年の創建

菅公が太宰府に行かれる際に立ち寄られた(らしい)。
「村人達により建てらた。」と由緒書きにありました。

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DSCF0777t.jpg加古川駅にほど近い(600m)所に鎮座しています。
市街地にしては広めで、それなりに高い木は何本もあるのですが、大木と言えるようなものは無いですね。
生え方もまばら。
拝殿前に空間を広く取ってることと合わせて、全体に明るい感じかな。
参拝した日は、子どもと母親が境内で蝉捕りに興じてました(そんなシーズンに行ったんだもの)。
そういった遊びには丁度いい感じ。

DSCF0780t.jpg社殿は新しいですが、かなり立派。随神門もあるし。
鮮やかな色の彩色が施されたているのが目につきます。
狛犬も割と特徴のある顔立ち。

やや、拝殿の屋根瓦に色々装飾が施してある。
そう思ってディテールを良く見ると、屋根以外にも色んなところに遊びがあって面白い神社です(意図してない気もする)。

DSCF0789t.jpg・・・境内隅、柵で囲われた中に、石灯篭が十数本、密集して建てられてるんだけど、なぜ?

写真(上):随神門から拝殿
写真(中1):拝殿の屋根の一部(吉弔だっけ?)
写真(中2):目ぱっちり
写真(下):消火栓(なんかのオブジェかと思った)

「粟津町内会ねっと回覧板」様
http://www.geocities.jp/awazu675/miya1.htm
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2011年11月28日

八幡宮・弁財天宮(田辺市中屋敷町)

DSCF0627t.jpg祭神:(八幡宮)誉田ノ命(ママ、別けないの?)
   (弁財天宮)市杵嶋姫命

詳細不明

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街中に鎮座しているダブルネームの神社。
DSCF0626t.jpg多分、即売会会場に一番近いのでは?
扁額が鋳物?ちょっと変わっています。
しかし、田辺の神社って、ここも含め小さな神社でも立派な塀を持ってるところ多いなあ。
塀の内側も綺麗に掃除されてるし。

大丈夫だとは思うが、ママとパパは、意味合い的な対には、なってないから。
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若宮神社(田辺市湊)

DSCF0767t.jpg祭神:熊野別当湛増(パパ、弁慶の?)

闘鶏神社から程近い所にある境外末社。
闘鶏神社の馬場止場に鎮座(ただし、現在の馬場は短くなっているため、位置的に離れている)。

明治末の合祀で廃社となったが、昭和25年再建。

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狭い境内が駐車場に食い込んでいるんで、まるで屋敷神の様です。
それでも境内には、ゴミ一つ落ちて無いのは大したものかと。
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闘鶏神社(権現さん、田辺市湊)

DSCF0690t.jpg
祭神:伊邪那美命
配祀神:(西殿)事解之男命、速玉之男命
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    (上殿)天照皇大神、伊邪那岐命、宇賀御魂命
    (中殿)天乃忍穂耳命、邇々杵命、火々出見命、鵜草葺不合命
    (下殿)火産霊命、埴山比売命、弥都波能売命、稚産霊命
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    (八百万殿)手力男命、八百萬神

「鶏」の字は、異字体の奚に隹を正とする。「闘」も正しくは旧字(中が今と同じ方の字)

允恭天皇八(419)年、熊野権現(本宮)を勧請(田辺の宮) OR 天武天皇十三(684)年。
白河法皇の御代に熊野三所権現を勧請、久安三(1147)、上・中・下殿の11柱を勧請し、新熊野権現とした。
元禄五(1692)年の石灯篭では、新熊野鶏合大権現。
神仏分離で現社名。
別表神社。

DSCF0763t.jpg由緒書きでは「新熊野鶏合大権現 闘鶏神社(いまくまのとりあわせだいごんげん とうけいじんじゃ)」としている。
社名は、源平合戦のおり、別当湛増が赤鶏、白鶏を戦わせて、源平どちらに味方するか決めたという故事に由来(白組勝ち)

社殿の並びに方向性が無いのは、熊野本宮の古い配列を模してるため(本宮は水害で、配列変更済み)。
現存の一番古い社殿は、元和五(1619)年。

背後の杜は、仮庵山(かりおやま)といい、古代祭祀跡指定地らしい。

南方熊楠夫人の実家。

弁慶社とかもある。

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DSCF0751t.jpg田辺市の市街地に在りながらかなり広い境内。
杜も大きいですね。ただ、拝殿のある辺りは、開けているため、暗さはなく、明るい感じ。
社殿は堂々としていますし、細かい装飾も見ていて飽きない。
石灯籠の装飾も色々あるなあ。
ああ、神社らしい。

さて、社務所前。
かなり大きなおみくじの筒が置いてある。
うう。
神職に「アレは引けるんですか?」と聞いてみる。
「フフッ。引けますよ」と不敵な笑い。
では、やらねば。肩に担いでえいっと振る。


DSCF0753t.jpg一人でやるもんじゃないな。出て来てるみくじ棒が見えない。
神職が丁度参拝に来ていた女性に見てあげてとお願いしてくれる。
すいません。すいません。
無事、中吉。
色々面白い神社です。


写真(上):拝殿。
写真(中1):ちょっと離れてみる。
写真(中2):湛増・弁慶の大きな銅像もあるが、ここは鶏で。
写真(下):上に携帯電話を載せてみた。

http://wakayama-jinjacho.or.jp/jdb/sys/user/GetWjtTbl.php?JinjyaNo=7001
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蟻通神社(ありとおし、御霊さん、田辺市湊)

DSCF0634t.jpg祭神:天児屋根命
配祀神:西宮大神、市杵島姫命、品陀和気命、息長帯姫命、火具土命
    須佐之男命、住吉大神、地主神、菅原道真公

天平神護元(766)年創建(和歌山県神社庁サイト、社伝)。
天禄三年(972)勧請(田辺まちナビ、文化九年の記録)。
村社、幣帛料供進社。
日本第一知恵の神。

古い社名は御霊牛頭天王で、文化九(1812)年、蟻通明神社と改称した。
神仏分離で現社名。
社名は、蟻を使って、法螺貝に糸を通したという故事から。

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DSCF0681t.jpg田辺市の商店街の中にある、大きめの神社。
商店街から鳥居と神門をくぐると、大樟(霊樟、火事から町を守った)と本殿のお尻が・・・。
参道は神社裏から入る形となります。
北に開いた鳥居。本殿は、正南面して、拝殿前から振り返ると、裏の(正面か?)お寺との壁にぶち当る。
そこを除けば、優美な社殿で良いんだけどなあ。
拝殿正面に壁では、狭苦しく感じます。
無理して南面させなくても・・・。

DSCF0669t.jpg境内摂末社の西宮大神宮の扁額には、恵比須と大黒の顔が張り付いていて怖い。

写真(上):社標下に長方形の穴があいてる。元は会津橋の橋脚だったそうだ。
写真(中):拝殿
写真(下):手水舎の4コマ。

http://wakayama-jinjacho.or.jp/jdb/sys/user/GetWjtTbl.php?JinjyaNo=7002
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2011年10月05日

八坂神社(ぎおんさん、田辺市中屋敷町)

DSCF0617t.jpg祭神:(素戔嗚尊、櫛稲田姫命、八柱御子神 でしょ)

闘鶏神社の境外社の八坂神社ってここかな?

弁慶腰掛の石:弁慶が鬼若と言われていた幼少の頃、座った石が重みで凹んだらしい。
どうやら、座っても良いらしい。

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DSCF0611t.jpg稲荷神社から、会津橋に通じる片町通りを市中心方向に進み、小学校の横を入った所に鎮座しています。
小さい社ですが、綺麗に掃除されています。こちらも、地域に大切にされているようです。
ただ、古びているのは、腰掛け石くらいで、あとは全て新しめで、ちょっと物足りない感じ。
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稲荷神社(田辺市紺屋町)

DSCF0486t.jpg祭神:豊受比売命(社殿横の標柱)
   稲倉魂命(由緒書)

日本最古の稲荷神社ですよ(・・・大きく出たな)。

創建が、弘法大師のころ(・・・まあ、いい)。
闘鶏神社の境外社の稲荷神社ってここかな?

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八立稲神社参道の急峻な坂を逆落としに下り(いや、たらたらと)、会津川の激流を鬼神の如く渡り(旧会津橋をだらだらと)、北に一路地進んだ所に鎮座。

ここも、立派な門(倉庫OR集会所?)を持っています。
境内は、そう広くないですが、綺麗に砂利がひかれ、掃除もちゃんとしてあり、大切にされてそう。
小さいながらも、門で区切られる分、聖俗がはっきりと分かれた清々しい神社です。アレ以外は。

で、門内の上部に掲げられている由緒書きを読んでみると・・・。
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DSCF0506t.jpg「日本最古稲荷神社由来」
(以下、大幅に略しつつ)
旧記、口碑によれば、この稲荷神社の由来は、斯くの如し。
弘法大師が熊野の地を巡錫した時、稲束を持った白髪の異人に会った。
そして、「多くの穀菜を豊かならしめんが為此処に在り」と言って忽然と消え去った。
大師は、森の中に輝きを見つけそこに行くと(ここに小文字で「注意」と書かれている。以下が注意書きって事?)、この辺は、元和五年、安藤氏入府以前は原野であり・・・(弘法大師の説話中に元和の事例を入れなくても・・・)。
森の中に社があって、大師は「天降り稲荷」と名付けたと。
名高い伏見稲荷もここの御分霊を勧請したものであると(なんでそんな主客転倒が・・・)。
以下、明治二十二年まで話が飛んで、洪水にも流されなかった話が続き、田辺の地は、交通が不便なので、このような霊威ある神社も知られていないのは、遺憾だ。
これを世に知らしめんとして記す。大正七年・・・。

なるほど。己の不明を恥じている所です。
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八立稲神社(やたちね、田辺市古尾)

DSCF0563t.jpg祭神:国常立尊
配祀神:国狭槌尊、伊邪那岐尊、伊邪那美尊、天照大御神、須佐男尊、櫛稲田雄尊、品陀和気尊、事代主神、大穴牟通神、保食神、月読尊

天平勝宝八(756)年勧請。
村社、神饌幣帛料供進社。
東「八」王子社を旧社名として、上の山東神社となっていたが、明治四十(1904)年、「稲」成神社、出「立」神社、「八」幡神社を合祀して現社名となった(翌々年、上ノ山西神社(西八王子宮)も合祀)。
DSCF0577t.jpg四つの社名を合成して、新社名としているのは、初めて見る。すごいわ〜。
ただし、その後、出立神社は分霊、八幡神社、上の山西神社は元の宮里へ帰宮鎮座。

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出立王子跡横の坂を上ったあと、脇道に入り、この神社の境内に入ると、拝殿脇に出られます。
なかなか、堂々とした拝殿、境内は見た目そう広いわけではないですが、台地の斜面を二段に分けて境内が広がっていますので、トータルではそこそこな広さ。参道が長いんで、それも入れると広いと言えそう。
また、そう立派では無いですが、絵馬堂とかも設けてありますね。

DSCF0581t.jpgで、本殿前の急な階段を下りると、フレンドリーな顔をした狛犬、小さいくせに堂々とした神馬がいました。
さらに、下る参道を見ると・・・。
一気に会津川に向かわんとするような長い坂(本当は、直線では行けないけど)。
うーん、今回は、脇道を何段階かに分けて上ってきたから来れたけど、いきなりこの参道を見たら、参詣を止めていた気がする。
即売会後のおかしなテンションの時は、在庫背負っても上るだろうけど。

DSCF0579t.jpghttp://www.geocities.jp/tatubou44/yatatine.html
(配祀と配祀神を使い分けてるけど、そういうものなの?)

「tatubouの熊野詣」様より
http://www.geocities.jp/tatubou44/dedatiouji.html
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出立王子跡(でだちおうじ、田辺市上の山2丁目)

DSCF0552t.jpg祭神:月夜見神

崇峻天皇元(587)年勧請(と、境内の由緒書きに書いてあった。)

村社。
西ノ谷村民の産土神。

若一王子社と、元は言った(境内の由緒書きから。湯川王子のことじゃなくて?)。
田辺(田部)王子とも(wikipedeia)。
出立神社(村社になった時)。
和歌山県文化財指定史跡。

元は拝殿・回廊等があったが、八立稲神社に合祀され、一時、石碑だけを残す状態となった。
しかし、昭和十四(1939)年、八立稲神社より境外摂社として分霊される。

ここから、本宮へ山沿いのコースをたどる中辺道の最後の塩垢離場。
『中右記』(藤原宗忠)天仁二(1109)年に記載あるも、中世の鎮座地は定かではない。
「出立」は地名。

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DSCF0539t.jpg浦安/浦守神社から北へ向かい、八立稲神社に行く坂の途中に鎮座しています(上野山台地)。
いや、坂を見た段階で、嫌気がさしていたし、小さい社だし、「跡」だし、軽く流すつもりでしたが、「跡」と言いつつも、鳥居、手水舎、玉垣、狛犬、社と、神社1ユニット分そろっています。
ちゃんと清掃もされているようで、なかなか良いんで、「跡」を取っちゃえばいいのに。
下の写真、左側の石碑「出立王子之跡」が、むしろ本体か。

「tatubouの熊野詣」様より
http://www.geocities.jp/tatubou44/dedatiouji.html
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2011年10月01日

浦守神社(田辺市江川)

DSCF0534t.jpg祭神:(大国主命、事代主命あたりだと思う)

詳細は不明。

浦安神社横の小道を挟んで、隣に鎮座。
規模はほぼ同じで、多分、塀状の玉垣等、対であることを意識してそう。
小さな社殿、狛犬等は、こちらの方が古い感じで、狛犬は、良いお顔をしています。
裏手には、塀状の玉垣の上に飛び出るように、「埋立記念碑」が建っています。

浦安神社の写真を撮っていると、後ろから自転車で来たおばさんが止まって、「屋根の上に恵比須様がいるよ。」と、教えてくれる。
どこに?
と思って、指差す方を見ると、隣の倉庫の上を差してる。
DSCF0535t.jpg「あっ、そうですね。気がつきませんでした。」
・・・まあ、恵比須以前に、隣も神社で有ることに気づいていなかったんだけど。
「後ろには大黒様がいるんだよ。」と、言い残して立ち去られた。
住民として自慢なんあだろうなあ。

こちらの神社は、倉庫が建ってる分、境内が若干狭苦しい感じもしますが、それでも良い感じではあります。

いや、せっかく並んでるんだから、BL的解釈を。
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浦安神社(田辺市江川)

DSCF0522t.jpg祭神:(事代主命だと思う)

詳細は不明。

江戸時代には祀られていたようだ。
漁民の漁期に合わせた、正月・5月・9月に祭りをやってるそうで、この形を今も継承してるは、田辺の中でもここだけらしい。
また、ここの祭りを「りゅうごん(竜宮?)さんの祭り」と言ってるみたい(「田辺まちナビ」より)。

DSCF0528t.jpg会津橋を渡り、川沿いに南下。
漁師町らしい江川(えがわ)の街中に鎮座しています。
神社自体は、これと言って特徴は無いですが、町の雰囲気のなか、「何気なく」鎮座してる感じがします。

以下は、闘鶏神社・田辺祭の笠鉾巡行がこの神社に来た時の動画
http://www.youtube.com/watch?v=uRyhn8_tD8g
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戎神社(田辺市片町)

DSCF0475t.jpg祭神:(事代主命だと思う)

詳細は不明。

錦水神社から会津川沿いにちょっと北上。会津橋詰めに鎮座。
会津川の河口方向に向かい、ほぼ南面しています。
DSCF0482t.jpgそう大きくもない神社ですが、穏やかな感じ。
会津川にそそぐ用水に、鳥居脇から朱塗り(多分)の鉄橋があり、会津川辺りに行けます。
青鷺が何羽も羽を伸ばしてました。
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大黒神社(田辺市上屋敷3丁目)

DSCF0470t.jpg祭神:(大国主命だと思う)

詳細は不明。

錦水神社の北側にある路地を進むと飲み屋街?の裏手に鎮座。
午後五時近い時間に来たためか、門?が閉まっていた。
屋敷神のようにも見えますが、屋敷神にしては大きな社。
地図にも載ってるしなあ。
門の上から拝殿を覗き見れば、明りがついていたので、先ほどまで開いていたように見えるのだが・・・。
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2011年09月29日

錦水神社(きんすい、田辺市上屋敷)

DSCF0453t.jpg祭神:安藤一族(紀州藩付家老で田辺城主)

創建は、田辺城の破却後でしょうから、明治以後。
田辺城(錦水城)水門跡に鎮座。
神社の脇から、保存してある水門跡に行ける。

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(磯間)浦安神社から、県道206号を西に一気に移動。
会津川にかかる橋の袂、錦水公園と言う小さな公園の一角にあります。
小さな神社で、お城に興味があるなら、って感じですねえ。
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(磯間)浦安神社(えびすさん、田辺市磯間)

DSCF0430t.jpg祭神:事代主命
配祀神:御前神、恵比須神

創立年代は不詳。元禄七(1694)年には、存在している。
神仏分離以前は、恵美須宮。

1月には、恵比須祭(和歌山県神社庁HPの竜宮祭)の「汐かけ神事」(市指定文化財)があり、御神体の恵比須像を浜で洗い清め、参列者が一人づつ、お神酒や鯛、ブダイ等を擦り付けるそうだ。
(もちろん本来は秘祭)

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日吉神社から、県道206号を西にちょっとだけ移動。
海岸側に、県道を背にして、鎮座しています。
県道側に鳥居などは無く、小さい社のため、気をつけないと通り過ぎます。
DSCF0421t.jpgここも、高めの塀状の玉垣に囲まれています。
社殿は、新しめの小社。
水盤の正面には「大漁」と掘り込んであります。
境内の隅には、「汐かけ神事」の細かい説明が書かれた案内板が有るので見逃さない様に。

当然、このシチュエーション。稗田礼二郎が入り込んでますよ。
玉垣から出ると、正面は、高めの堤防。
こんなところには、きっと水難供養の何かが・・・と、堤防の階段を上る。
見下ろす海は、堤防に囲まれ、穏やかなれど、少年が一人波間を漂っている。
ここでも、ドキッとするものの、高い堤防で、死角になった下では、1つの家族がのんびりしてます。
地元の人なんだろうな。ほぼプライベートビーチ(西に数百メートル行くと混んだ海水浴場)。
なんか、いいなあ。

http://wakayama-jinjacho.or.jp/jdb/sys/user/GetWjtTbl.php?JinjyaNo=7005
(ここもwebページ下部に表示される地図が出鱈目。)
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日吉神社(猿神さん、田辺市磯間)

DSCF0377t.jpg祭神:大山昨命、大国主命、若年神
配祀神:猿田毘古命、家都御子命

村社、神饌幣帛料神社
社伝では大永四(1524)年ころ勧請。
神仏分離以前は、山王権現。

「西に浦安、東に日吉・・・」と両社で磯間の町を守っている。
この神社の鎮座するのと同じ小山には、磯間岩陰遺跡がある。

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神楽神社から、海沿いを走る県道206号を西にちょっとだけ移動。
県道に面して、大き目の鳥居が立っています。
そこから長めの参道、先には薄暗い杜が見える。
参道を進むと、長めの石段。
石段の上り口には、賽銭箱。ここも、賽銭箱が変な位置にあるなあ。
DSCF0371t.jpg石段を上り切ると、さらに十段程度の石段と、白壁の立派な玉垣。
玉垣の下には石灯篭が並んでいますが、灯篭の火を入れる部分の枠、柄のところの社名は、全て朱で色づけされていて綺麗。
人気の無さと相まって変な感じ。

最後の石段を上ると、玉垣の上には、瓦製の猿。ああ、日吉だよ。
拝殿参拝後、石段を上から見下ろせば、浜風が、吹き上げるように吹いて気持ちいい。

http://wakayama-jinjacho.or.jp/jdb/sys/user/GetWjtTbl.php?JinjyaNo=7003
(webページ下部に表示される地図が出鱈目。)
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神楽神社(田辺市神子浜二丁目)

DSCF0406t.jpg祭神:天太玉命
配祀神:天宇受売神、火産霊神、妙見宮毘沙門天、不詳一神

神子浜村の産土神
村社、神饌幣帛料神社
社伝に宝亀六(775)年勧請
神仏分離以前は、大梵天王社

以前は、波蝕により出来た鬼橋岩(ききょうがん)というアーチ状の岩をくぐって参拝したらしい(今は無い)。
背後が小山となっているが、ここには鬼橋岩岩陰遺跡(I)(U)が在るようだ。
この辺りは、南方熊楠の散歩道だったらしく、珍種の藻を発見した池の跡がある。

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鳥居は、両部鳥居ですが、柱の添え木の部分比較的長い(六本鳥居というようだ)。
鳥居をくぐると、随身が入ってそうな立派な塀(これも瑞垣って言っていいのか?名称が分からない)。
そこに鈴が下がってます。
そして境内、賽銭箱、階段を上がって拝殿(賽銭箱と拝殿にもちょっと間がある)。
まず、鈴を鳴らすのが先の様です。

DSCF0393t.jpg境内に入り写真を撮っていると、参拝の方が来たらしく、鈴が鳴っています。
拝殿に向かって写真を撮っているのに、背後から鈴の音がいきなり聞えると、鈴は拝殿前との観念があるんで、ちょっとドキッとします。

背後は、木々に覆われた小山になっていて、玉垣も廻っているため、境内が程よい閉鎖感を持っている神社でした。
季節さえ良ければ、もう少し長居したかも。
7月末の昼下がりでは、さすがに直射日光が。

あと、水盤が綺麗な逆八の字。

http://wakayama-jinjacho.or.jp/jdb/sys/user/GetWjtTbl.php?JinjyaNo=7004
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2011年08月21日

一本柳稲荷神社(大館市水門町)

DSCF0345t.jpg祭神:不明

長木川南岸に鎮座。
一本柳は地名だと思う。神社と河原に挟まれた細い道の河原側は、対岸と合わせて「川中一本柳」というので。

この社は、小学校そばにある・・・写真の通り、参道からの参拝は、草が生い茂り難しそう。
ただ、南側の道から、拝殿へのショートカット有り。
打ち捨てられた感は否めないが・・・。
詳細不明。
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