2012年04月28日

20120212 北野神社(気仙沼市新町)

DSCF1588t.jpg祭神:菅原道真公
合祭神:天御中主神
    天照大神
    産霊大神
    天穂日命
    木花之咲耶姫命
    大宮売大神
    大海津見大神

DSCF1586t.jpg天和年間に勧請。
平成二十三年を、鎮座三百三拾年の節目とする。
記念に祖霊殿の造営を計画するも震災にて果たせず。
平成二十五年度竣工を再度計画中。

仙台藩重臣の信仰厚く、社殿移築の際には、日東木食遼天和尚が全国を巡り、浄財を集めたそうです。
また、拝殿正面の扁額「天満宮」は安永三年、松前城主から奉納された物です。

http://www.miyagi-jinjacho.or.jp/jinja-search/detail.php?code=310030862

-----
DSCF1561t.jpgDSCF1564t.jpgDSCF1563t.jpg
DSCF1612t.jpg気仙沼駅から大船渡線に沿って、東南方向へ。
この辺りは、被害らしい被害は見当たりません。ただ、「がんばろう」の幟だけがあります(もう少し先は洒落にならない事になってますが)。

道路に際に建つ一の鳥居をくぐると、線路を越すためのコンクリートの階段があります。
普通の石段の様に左右に山などの斜面がある訳では無いので、まるで、空中に架かっている様。

その階段と山の斜面にかかる石段を上り境内へ。
迎えてくれる狛犬は、阿形が口が大きく開いた昭和十七年製。
振り向くと、気仙沼の街が見えます。角度的に被害の大きいところは見えません。

DSCF1593t.jpg水盤が薄い氷に蓋われています。水が少しだけ出ていて、凍ってないないのはそこだけ。
出ている水は、氷と同じ高さのため、すくうには不向き。
柄杓の底を使って、氷をパコーンッと。

境内は、斜面も入れるとかなりの広さがありますが、拝殿、本殿、神池などはコンパクトにまとまっています。
また、社殿の一段下には稲荷の社。
社殿の左手は、駐車場が大きくとられています。
そこから、さらに斜面を一段登ると、石祠などがあり、ここも境内でしょう。
社殿を上から眺められます。

DSCF1567t.jpgさて、拝殿に相対すと、小さめですが細身で綺麗な建物となっています。
龍の彫刻がなかなか細かい。
暫し見惚れながら、拝殿横の駐車場の方へ。

天満宮ですから、牛があります(手水舎付近にも一体ありますが、それは普通)。
なんだ、この顔?
額にダビデの星でも書いてないか?
ちょっと、夜は見たくないなあ。
posted by Oz at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社

2012年04月21日

20120212 貴船神社(大船渡市盛町御山下)

DSCF1810t.jpg祭神:たかおかみのかみ?(多分、漢字が表示できないので、かな)

由緒を見つけられなかったので、詳細不明(祭神も推定です)。

年代を確認し忘れたのですが、境内には、かなり古い庚申、馬頭観音の石碑があり、
全体的にかなり前から鎮座しているように感じます。

境内は、1つの小山全体。
元は、山からせり出した部分だったと思われますが、国道45号がこの神社の背後を貫き、切通しの様な状態で、取り残されたものでは?と思います。
DSCF1815t.jpg逆によくここだけ残したな、と思うのですが。
境内には、西側から入り、すぐに左手の小さく急な石段を上ります。
10mも登ったところで、社殿の側面に到着。
社殿は、東面し、盛川の河口を見つめています。

高い分、雑木林さえなければ社殿からの眺めはかなり良さそうです。

-----
DSCF1827t.jpgDSCF1826t.jpg
会場から一番近い。
会場正面の45号線を少し北上したところで、ここには初参拝。
近さを考えると、以前の参加時に参拝していないのが不思議。

歩道のギリギリに鳥居。
低い鳥居ですね。見た時は、極端に末広がりなプロポーションの様に感じたのですが。
島木が標準的長さなのに対して、柱が短いのか?

庚申、馬頭の石碑の間の石段を上がります。
上は、平らで、それなりの広さがあります。
そして、木造の古い社殿。
よく揺れに持ちこたえたな。位の感じ。
DSCF1819t.jpg社殿を一周し、小さな水盤に気づきました。
私が見た中では、一番小さい。
へえ、こんなのもあるんだ。と思いながら、少し境内の雰囲気を味わおうと思うも、寒い。
退却。

少し、寂しげでいわくありな感じが貴船っぽいかなあ。

画像上から、本殿。
本殿横からの風景(正面はいまいち)
鳥居を表から裏から
携帯と比較
posted by Oz at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社

2012年04月19日

20111220 山邑神社(さいたま市見沼区大字山)

DSCF1528t.jpg祭神:不明

鳥居横に文政年間の力石があるそうですが未確認。
確かに古くから在りそうな感じはするのですが、それ以外は、詳細分からず。
地名が「山」一文字。

-----
DSCF1522t.jpgDSCF1523t.jpg赤い。
四角い。
夕闇迫りテンション、ダダ下がりの中、参拝。

鳥居の横の火の見櫓が立派だなあ。今時珍しい。
神社の入口より、消防団の倉庫の方が目立ってるような・・・。
境内は、普通な感じですね。
拝殿正面の赤い板は取り外せて、神楽殿ぽっくなるのかなあ?

ゲートボールの似合う感じのする神社でした。

本殿横の倉庫の扉が緑って。
posted by Oz at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社

2012年04月16日

20111220 熊野神社(さいたま市見沼区大字片柳)

DSCF1513t.jpg祭神:熊野大神(扁額に記載)
   熊野夫須毘命、熊野奇御氣野命、家津御子命(「み熊野ねっと」様の中の「全国熊野神社参詣記」に拠る)

嘉吉二(1442)年の勧請(「み熊野ねっと」様)。

DSCF1501t.jpg扁額には明治四十四(1911)年の記載があり、他にも江戸時代の年号が掘られたものがあります。

「み熊野ねっと」様
http://www.mikumano.net/zsaitama/saitama4.html

「なお爺のひとり言」様
http://blogs.yahoo.co.jp/naojyi/28449497.html

-----
DSCF1506t.jpg武蔵野の農村の感じをまだ強く残す中を歩いて向かいます。
ちょっと入り組んだ道。迷いそう(帰りは迷った)。

何とか神社前に着。20段程の石段があり、雰囲気は良さそう。
石段を上がり、参拝へ。
へ?!。予想より随分と立派な社殿。
境内も広め。
雑木林の杜も何となく似合ってる。
参道に立つと、ずんぐりとした狛犬が迎えてくれます。
DSCF1507t.jpg数基有る石灯篭のうち、火袋の穴が横に長い長方形になっているものが目につきました。

境内全体が古さを主張してる感じで、安心感があります。
拝殿に頭を下げ本殿を見れば、こちらも立派な物。
境内も整理され掃除も行き届いているし、大切にされてるなあ、と思いました。
DSCF1510t.jpg
画像1:石段下より
  2:本殿
  3:狛犬
  4:境内
  5:石段上より
posted by Oz at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社

2012年04月12日

20111218 住吉神社(明石市大久保町福田)

DSCF1478t.jpg祭神:表筒男命
配祀神:中筒男命
    底筒男命
    気長足姫命

創建は、承応三(1654)年。
村社

DSCF1473t.jpg明治四十四(1911)年の石灯篭があり、火袋の部分が木枠で囲われているのが目につきます。
住吉三神のうち、表筒男命が筆頭?(表記は、兵庫県神社庁の「神社紹介」に拠った)。

http://www.hyogo-jinjacho.com/data/6309051.html

-----
会場に灯一番近い。
会場前の駐車場を突っ切り、参拝。
ここに参るのは、2度目になります。
DSCF1475t.jpg鳥居をくぐったところに、特徴的な顔立ちの古めの狛犬が一対。

さて、参道の半ばで前回の参拝時との違いに気が付きます。
境内が明るくなっってる・・・。
いや、開放的といった方が良いでしょう。
前の記録が見当たらないので、はっきりしませんが、横を通る県道と境内の間に建物が有ったんじゃないかなあ。
それが取り払われて、県道との境が無くなり、開放的に感じたんじゃないかと。

DSCF1461t.jpg拝殿前には、白くて新しめの狛犬。
吽形の方が、なんかアンニュイな感じ。
拝殿に相対して、参拝。
木造の寡黙な感じのする拝殿が、正南面しています。
前回の参拝時は、拝殿に近づくとチャイムが鳴り、うざかったんですが、取り外されたのでしょうか?今回は鳴りません。
DSCF1463t.jpg正直、この方が気分的は良いですね。

画像上から1:境内入口
     2:石灯籠
     3:古い狛犬
     4:新しい狛犬
     5:拝殿
posted by Oz at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社

2012年04月08日

20111210 滝川神社(滝川市1の坂町東1丁目)

DSCF1408t.jpg祭神:天照皇大神

明治二十三(1890)年創建
県社

JR滝川駅から、国道12号線に出て、北上。
根室本線を越えた所に鎮座しています。
住所が示すように坂を登ったところになります。

DSCF1427t.jpgキレイに整備された石段を上り、西面(やや北向き)した拝殿に相対します。
拝殿は、金の装飾も鮮やか。
右に目を移すと、包丁塚があり、坂の上ということで、滝川の街が見降ろせそう。
ただ、雪のため、参道から外れることが出来無かったのですが。
杜は背後に若干有りそうですが(確認できず)、境内には大きな木がないため、明るい感じの社でした。

http://www.hokkaidojinjacho.jp/data/05/05023.html

-----
DSCF1433t.jpg坂だ。履いてるのは、急遽買った安いスニーカー。
凍ったところがあると、ヤバいかも。
慎重に歩を進めながら、坂を上り切る。
さらに石段を上りますが、途中に猫だ〜。
雪のない中央部にデンと座ってます。
すまんね。追いたてるようで。と、猫を見送り、参拝。
DSCF1417t.jpg参道の左右は雪。そう積もってはいませんが、突入する度胸は無く、参道から辺りを見回します。
立派な狛犬も頭上に雪をかぶって、大変そう。
拝殿の金の装飾。雪の中で意外と映えるなあ。
上りよりも慎重に坂を下り、市街地へ戻りました。

写真1:御神体
写真2:鳥居から拝殿を見る
写真3:参道入り口
写真4:狛犬
posted by Oz at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社

2012年04月07日

20111210 深川神社(深川市6条)

DSCF1396t.jpg祭神:天照皇大神
   豊宇気姫神
   神武天皇
   大国主命
   大国魂神

明治二十七(1894)年創建
県社

境内北側に参道入口があり、参道は途中で直角に曲がって、東面した拝殿に相対します。
拝殿は、かなり立派なもの(本殿は雪に阻まれ見達)。
境内は、広く、大木こそありませんが、多くの木々があります。

DSCF1385t.jpgまた、手水舎の水盤には、由来記が掲げられており、北海道の最古の地層帯に属するか輝岩(緑色の蛇紋岩)を、昭和十三年、石狩川の水底から掘り出したそうです(岩の発見は前年)。

祭神の順序、表記は、社頭に掲げられた由緒書きに拠った。

http://www.hokkaidojinjacho.jp/data/05/05042.html

-----
寒い。吹雪いたり、弱まったり。
他に回るところもなく、地図の鳥居マークを目指す。
街中にしては、広い境内。
雪の中の鳥居は、なかなか厳しく見えるもんだねえ。

DSCF1390t.jpg参道の雪は、一度除かれたものと思われますが、この日の降り方では、あっと言う間に積もるのでしょう。
その雪を踏みしめながら、参拝。
由来も書かれた手水舎は雪に阻まれ離れた所から見て、二の鳥居の方へ向き直ります。
鳥居の向こうの拝殿も立派。
参詣を済ませ、さて、社殿周囲をと思うも、雪が深く、これも断念。
参拝に支障がない程度の雪かきはしてありますが、それ以上は望むべくもなく。
ただ、雪がこの神社の持つ雰囲気に奥行きを増してると思います。

写真上:二の鳥居から
  中:水盤
  下:拝殿
posted by Oz at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社

2012年04月03日

20111127 御殿山天満宮(松本市浅間温泉)

DSCF1349t.jpg祭神:菅原道真

創建は、万治二(1659)年。
領地で鉛が発見された事を祝い、松本城主・水野忠職(ただもと)により、勧請されました。
以後、城主の氏が変わっても、崇拝され続けたそうです。

本殿は、屋根と基部以外は、創建時のままで、江戸初期の様式を残しています。

-----
DSCF1360t.jpgとある遺跡から、温泉街に戻って来た。
何気なく、街中の案内図を眺める。
あれ、この辺りの神社は、軒並み参拝したはずだが、記憶にない社名が一つある。
鎮座地は、近い場所。
でも、登り坂だぞ。
荷物重いぞ。
靴は、スウェードのカジュアルで、底はつるつるだぞ。

「うっしゃー。登んぞ〜!!」
うーん、良い感じに暗くなってきた。
写真は、フラッシュを使う訳にはいかないから、ちょっと厳しいな。
坂自体は、勾配はあるものの、距離は思ったほど有りません。
(階段状だし、)背中の荷物が無ければ楽勝です。

DSCF1366t.jpg息を切らせ、言葉にならない声を出しながら、鳥居をくぐる。
小さく古い神楽殿が在ります。
暗くなってから見ると、妙な迫力が・・・。
その後ろから本殿まで、急な石段を登ります。
縦の幅が狭く、高さが一定していません。危ない。

登り切ると、小さな狛犬・・・古いものでしょう。特徴的な顔立ちで、逢魔時に見るもんじゃねえ。怖い。
本殿は、ちょっと小さくて拍子抜け。
それでも、重厚な感じはします。
あんまり見てると、帰りの石段を降りるのが恐すぎる(物理的に)ので、早々に引き揚げ。

DSCF1345t.jpg下界に降りると、バスがすぐ来た。
サクッと乗って、松本駅まで。
最初からこうすればいいのに。

写真上: 二の鳥居
  中1:本殿
  中2:狛犬
  下: When the Day Goes falling Down.
posted by Oz at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社

2012年03月27日

20111126 大黒神社(北上市常盤台1丁目)

DSCF1304t.jpg祭神:?

年代の確認できるものは鳥居の建立年で、明治四(1872)年となっています。
黒沢尻北公園内に鎮座。
境内は、きたかみ観景資産の認定No12「老松とさくらの地お旅屋」で、松と桜に見るべきものがあり、そして、北上市中心に鎮座する諏訪神社の神輿のお旅所となっているようです。

隣には、大和神社が鎮座しています。
大和神社は、北上と周辺三町村(合併前)の戦没者の御霊を祀っており、昭和三十一(1956)年に創建されました。

写真正面の赤い屋根が大黒神社、右の緑の屋根が大和神社(木に隠れているが)。

-----
会場から一番近い。前に来た時は筋を一本間違えて、たどりつけなかった(分かりやすい所なのに)。
さて、整備された公園に南面して鎮座しています。
境内は、傾斜地となっていて、木々はあるものの、鬱蒼としているわけではないため、非常に明るい感じ。

拝殿は、木造で赤い屋根が目を引きます。大和神社の緑の屋根とのコントラストが軽快な感じですね。
(大和神社は、ほぼ同じ大きさながら、コンクリート製)

桜の季節だったら良かったんだろうけど。
posted by Oz at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社

2012年03月22日

20111223 八幡神社(敦賀市三島町1丁目)

DSCF1240t.jpg祭神:響田別尊
   五十日足彦命

創立年代不詳

式内論社
県社

DSCF1246t.jpg応神天皇が皇太子の頃、武内宿称を従えて、気比神宮を参拝された際の行宮であると。
延喜式、越前国敦賀郡の石田神社が、当社であるとも言われているようです(社家、石井家の祖神)。
その場合、宝亀十一(780)年、藤原永手により勧請されたこととなります。
また、五十日足彦命は、石田大神(石田君之祖)のシノニムであるとされます。

天皇・武将の信仰厚く。弘安四(1381)年の元冠、正応年中(1288〜93)の異国降状を御祈願に際して帝の勅を奉じ、以降も、朝倉義景が本殿を造営、織田信長奉納の太刀、大谷吉継寄進の龍の彫刻などの由緒・宝物を有しています。

-----
街中なれど、広めの境内。
本殿、拝殿とも立派な物です。
境内を一周して気づくのは、社殿の立派さもさることながら、大小かなりの数の狛犬。
DSCF1225t.jpgDSCF1247t.jpgDSCF1248t.jpgDSCF1257t.jpgDSCF1272t.jpgDSCF1277t.jpgDSCF1282t.jpg
笏谷石を使っているモノが多いため、かなり崩れたものもあります。
それを眺めているだけでも飽きないなあ。
狛犬が多いせいか、人ならぬモノの騒々しささえ感じる神社でした。
posted by Oz at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社

2012年03月14日

20111223 神明神社(敦賀市津内町2丁目)

DSCF1218t.jpg祭神:天照大神(いくらなんでも、違うことはあるまい。表記は、異なる場合があります。)

由緒書等が見当たらず、詳細不明。

社標は、明治三十五年に建てられている模様。
境内も広めなんで、それなりに古い気がします。

-----
DSCF1202t.jpgDSCF1199t.jpg敦賀市のメインストリートを一本入ったところにひっそりと鎮座。
まあ、目立たない感じ。
神社自体は、これと言って書くこともないんですが、全体の雰囲気は、割と好きかなあ。
淡々と仕事(町内守護とか)をこなしてる職人の様な感じ(この良さは表現難しいな)。

DSCF1209t.jpg境内に狛犬が二対。
大正期と昭和六年の建立。
大正期のは、特徴のある顔立ちをしています(中央の写真)。
昭和の方も、バランスが何とも(下の写真)。
posted by Oz at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社

2012年03月13日

20111223 白銀神社(敦賀市白銀町)

DSCF1190t.jpg祭神:愛宕大神
   宇迦之御魂大神
   金光白龍大神

昭和二十四(1949)年、建立。
昭和五十九(1984)年、社殿再造営。
白銀地区守護神。

JR敦賀駅正面から延びる大通りを1本入った路地、駅からは200mほどのところに鎮座しています。
昭和初期からこの地区は、火事が多く、昭和十五年頃には、毎年の様に大火に見舞われ、「火事だと言えば駅前に走ればよい」とさえ言われた状態だったそうです。
そこで、火難守護のため、愛宕大神(火)、金光白龍大神(水)、そして、伏見稲荷(繁栄)から、それぞれ御分霊を受けたと。
(愛宕と伏見は、京都。白龍については、私には分からない。九頭竜神?)

-----
DSCF1185t.jpg会場から一番近い。
3度目の参拝になるはず。

街中にありながら、ひっそりとした感じは、以前から変わらず。
ただ、狭いながらも境内には紅葉した葉の残る木があり、拝殿横には、山茶花が咲いていて、秋から冬の方が目を引くんだと気づきました。
全体にちょっと、ゆくっりとした感じかなあ。

あと、拝殿前の注連縄が、棒に巻きつけたんでしょうか、真直ぐで、房の部分には飾り結びが付いています。
posted by Oz at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社

2012年03月08日

20111120 金刀比羅神社(長崎市西山1丁目)

DSCF1103t.jpg祭神:崇徳天皇
   大物主大神
   菅原大神
(祭神の順序は由緒によった)

ゼネラル石油(株)鎮守
由緒の書かれた石碑では、「長崎三井琴平神社」となっています。

明治十八(1885)年、三井物産長崎支店支配人を願主として、(昨日の記事の)金刀比羅神社から御分霊。
明治二十二(1889)年、社を建立。三井物産長崎支店の守護神として、商売繁盛、社員、船員、水夫を護ることが願われてます。
往時の例大祭では、社員や関係者数百人が集まり、美妓を交えて、一刻千金の春日を楽しんだと(石炭で景気が良かったから)。
昭和二十二(1947)年の財閥解体により、ゼネラル物産(ゼネラル石油の前身)に引き継がれました。
(商船三井になる会社の方じゃないんだな。燃料繋がりで引き継がれたのか?)
社標の訂正が無いところを見ると、合併先には引き継がれなかったかも?

-----
(昨日の記事の)金刀比羅神社の境内摂社に見えるのだが、由緒から見て、独立してるとみるべきか。
境内が繋がる摂末社は、いつも単独で記事を立てないけど、ここは今回の徒に体力を消耗した旅の目的地だ。
参拝したころは、動悸でカメラを持つ手が震えてるぜ。手ブレ防止機能の限界が見えた。orz.

往時、現境内で例大祭をしたとすれば、人口密度で、あの「例大祭」に匹敵しそう(あの「例大祭」は、ジャンルが異なるので行ったこと無いので想像)。

さて、目指すものが見えてきた。
施主も石工も頭おかしいぞ。この狛犬なんだ?!

DSCF1093t.jpgDSCF1096t.jpgDSCF1097t.jpgDSCF1098t.jpg
DSCF1087t.jpgDSCF1090t.jpgDSCF1091t.jpgDSCF1092t.jpg
数年前、立ち寄った長崎の書店にて、自費出版の名所(?)案内を買った(まだ、「さるく」とか言いだす前だ)。
ボランティアガイドをしている方が、長崎の寺社や建造物を1つのトピックだけで紹介していく本で、何冊も出ていた。
買ったのは、その中で「狛犬」を扱ったもの。
まるでコピーの様な印刷で、鮮明さに欠ける本だったが、表紙にはここの狛犬が載っていた。
そのころから、何時かは、と思い続けて、ようやく会いに来た。

いやー凄いわ。既に目的を忘れ、半ば機械的に参拝してる我身が、久し振りに参拝の感動で震えてた(ただの動悸じゃあ)。
多分、初めて狛犬を四方八方から写真に撮った。

玉垣の中の小さな社を護る狛犬も良い顔してる。
社もいわくありげな感じで好きだよ。

DSCF1071t.jpgDSCF1073t.jpg

・・・狛犬の台座には、施主の船長や機関長の名前が多く彫り込まれているらしい・・・見るのをすっかり忘れていた。orz.

逆立ちしてんの股間になんか付いてる気がするんだけど錯覚?
posted by Oz at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社

2012年03月07日

20111120 金刀比羅神社(長崎市西山1丁目)

DSCF1157t.jpg祭神:大物主大神
  崇徳天皇
相殿:菅原大神

由来板には、弘仁年間(810〜824)に神宮寺が建てられ、明治維新後、現社名になったとあります。
ただ、その前段に、宝永二(1705)年、讃岐より金比羅大権現の分霊を祀ったとありますから、その前は何を?と思うのですが。
古くは、鎮座するこの山を瓊杵(にぎ)山、崇嶽(たかだけ)といい、天孫降臨伝説が有るそうですので、天津神を祀ったのでしょうか?
江戸時代から、長崎奉行はじめ一般の信仰が厚く、特に長崎在住の華僑が海上交通の安全と貿易の隆昌を祈ったそうです(以上は、拝殿前の由来板によった)。

DSCF1160t.jpgこの神社の起源は、百済の琳聖太子が山上に香をたいて北辰を祀った故事に由来するとも。
(ちょっと離れたところにある。環境庁と長崎県の建てた説明板。ここにある遊歩道の説明の一環として建てたと思われる。
こちらでは、この社を「金比羅神社」としている。年代、崇拝者の部分はほぼ同じ。)

社名は、金「刀」比羅神社が正しいようです。
鎮座する山は、「金比羅山」といい、社名と表記が異なります。
山頂には、上宮があるらしい(が、見なかったことにする)。

-----
DSCF1141t.jpg天孫降臨の地がなんで、ド国津神の大物主を・・・。まあ、いい。
琳聖太子を持ってきたのも気になるが。大内氏領に近いと言えば近いが・・・。まあ、いい・・・。いや、なんかつっかえてるな。

(ひたすら登りに登り、息も絶え絶えに、ようやく一の鳥居までたどり着く。)
鳥居の建立年が正面に彫られています。
「大清光緒拾二年・・・」(1886年)
おお、長崎っぽい。
しかし、「光緒」って綺麗な年号だよなあ(負け続けですけど)。

DSCF1133t.jpgその先の木々の間を進む参道は、薄暗く、緩やかながらも上り坂は続く様で、気分は晴れない。
いや、もう限界だって。

意を決して進む。
なだらかな坂は間もなく終わり、参道は、平坦な切通しの道となる。
本来の目的地は、その道を進まず、右の坂をまた登るのだが、今は真直ぐ進んだこととする。

切通しを抜け、開けた明るい場所に出ると、シンプルながら、綺麗な拝殿が迎えてくれます。
狛犬も良い具合に苔が付いているなぁ。
拝殿に参拝し、横の道を進むと、本殿と拝殿が10数メートル離れていることに気が付きます。
本殿と拝殿の間は、小さな庭園の様。空の川と橋も設けられてます。
こちらとは、玉垣によって仕切られていますが、良く見え、清々しい感じ。
本殿前の狛犬は、すくっと綺麗な立ち姿。

DSCF1129t.jpgなかなか、良い神社ですね。
長崎は、諏訪神社や淵神社、もしくは山王神社の方が主流の様にも感じますが、足を延ばして、ここに参るのも魅力的だなと思います。

写真1:右の柱に「光緒」と。
  2:裏から来た道を眺めてみる。
  3:拝殿
  4:拝殿to本殿
  5:本殿
posted by Oz at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社

2012年02月29日

20120103 東力日吉神社(とうりきひえ、金沢市東力町)

DSCF1543t.jpg祭神:大山咋神

村社

創建年代不詳

周囲は、宅地化されているものの、元は農村の産土であったと思われます。
大木と言うほどではないが、立派な欅が数本。

新しめの狛犬(平成四年)がいます。
台座に「還暦記念」「退職記念」と彫られていますねぇ(「退職記念」は、初めて見た)。
母親の足に手を添えた子が可愛い。

周辺では、「東力神社」と言った方が通りがよい。

-----
DSCF1538t.jpg例年、初詣とかはしないんですが、そばを通ったんで、新年のご挨拶。
昔は、1月3日位だと、まだ誰かしらいた様な気がしますが、この日は誰もいなくて、何かさみしい感じ。
新年ぽいのは、朱で「初詣」と印刷された紙が、拝殿前のガラス戸に貼ってある位。

えっ、ここ日吉だったんだ。初めて知った。
親が家を買い、この辺りに越してきて以来の付き合いなんですが。
まあ、20年ぶりの参拝・・・。
子供の頃、ここの横の集会所に毎週通い、左義長、虫送り、縁日・・・。
何かと言うと「東力神社で・・・」となったもんだなあ。

と、資料を調べていて・・・・分かったこと。
うち、ここの氏子区域じゃない・・・
結構、衝撃をうけた。

http://www.ishikawa-jinjacho.or.jp/search/detail.php?e7a59ee7a4be4944=125
posted by Oz at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 神社

2011年12月23日

静内神社(日高郡新ひだか町静内御幸町5丁目)

DSCF1049t.jpg祭神:神武天皇
   事代主神

郷社

大正八(1919)年、蛭子神社と神武天皇社が合併して静内神社と称した(参道の由緒書きによる)。
または、昭和五(1930)年、神武天皇社を静内神社と改称したと(下記サイト参照)。
昭和二十(1945)年、現在地に遷座。

蛭子神社は寛政年間(1789〜1800)の創祀とも伝えられ、慶応三(1867)年の社記に漁師が海中から光る神像(?)を得たとの記載が有るらしい。
別の資料では、明治元(1868)年、函館の商人が勧請とも。
明治九(1876)年、村社。
DSCF1037t.jpg神武天皇社は、明治四(1871)年、この地に入植した、淡路島の稲田家の家臣が創建したそうです。
明治九年、郷社。

(由緒書き、北海道神社庁の神社データベース、「新ひだか町の歴史・アイヌ関連」様の記載を混ぜてみたので・・・。)

-----
DSCF1039t.jpg旧称の神武天皇社・・・ストレートな名前だなあ。
鎮座地は、旧静内町の中心地。フラグシップ的な意味での改称だろうか(新ひだか町の中心地でもある)。
即売会会場にも一番近いはず。

社標の横に奉納情報以外が彫られています。
「風雪百年輝く未来」
標語が付いてる社標は初めて見た。つうか、社標の横を見ようと思ったことが無いから気づかないだけ?
(余りにへろへろの字の時だけ、いったい誰が・・・と、思って見る位だ。)

一の鳥居から真直ぐ続く参道を進むと、立派な社殿が見えてきます。
長くもなく短くもない参道が、落ち葉を踏みつつ進むには、いい感じ。

DSCF1033t.jpg神馬は、境内隅に小さいのがいます。
今まで、見た中では、一番中途半端な大きさ。
首をかしげてかわいい(ちょっと、頭でかくてバランス悪いけど)。
横の錨は何(蛭子さんが居るから別に良いけど)?
神馬像がわんさといるんじゃないかと思ったんだけどね。

街中の神社で、これだけの広さの境内を持ちながら、余計な物が一つもないのは良いなあと思い、後にしました。

写真(上から)
一の鳥居から参道を見る。
境内傍らにて。寒いのに大変だ。
二の鳥居から拝殿を見る。
神馬

http://www.hokkaidojinjacho.jp/top.html

「新ひだか町の歴史・アイヌ関連」様
http://www.k3.dion.ne.jp/~kamishin/Jinja.htm
posted by Oz at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社

2011年12月21日

天御中主神社(車塚妙見社、防府市車塚町)

DSCF1021t.jpg祭神:天御中主大神
   大国主命
   宇迦能魂大神
   猿田彦命

創建は、推古天皇二十四(625)年。
毛利元就から書状も送られてる由緒のある神社です。

与三郎稲荷神社と境内を同じにしており、社殿の後ろには、車塚と言われる前方後円墳があります。
天御中主神社社殿が、くびれ部分から方墳部に建ち、与三郎稲荷神社が円墳の前に建っています。
与三郎稲荷神社は、拝殿から石室が覗ける・・・というか、本殿が石室の様です。

DSCF0979t.jpg神仏分離前は、妙見社だったんでしょうね。

-----
即売会会場から一番近い。
二度目の参拝。
以前来た時は、デジカメが電池切れ寸前だったんで、この神社の写真は撮っていない。
いや、境内のベンチで死んだように眠る猫と社殿どちらを撮るとの選択を迫られ、躊躇なく猫を撮った(うちのサイトの「mail」ページの背景画像)。
判断に間違いはない。

DSCF0977t.jpg境内西側から入ります。社殿は、正南面。
そのため、参道を進んで、90度左に曲がり、社殿に相対します。
左右には、スマートな狛犬が座り、左手後方には、方墳部の石室が見えています。
屋根の上に何となく違和感。
アレは・・・・。正面に恵比須?。祭神的に大黒様な気もしますが、被り物が恵比須様ではないかと。
後ろが古墳て事もあり、若干暗めの神聖さ、拝殿前が大きく開けていることから、明るい賑やかさ(実際は静かだが、そう感じた)という二つが同居する素敵な感じの神社でした。
街の中の小さな神社としては奇蹟的なバランスかと。

DSCF1007t.jpg参拝を済ませ、拝殿にお尻を向けて、無意識に何にかを探している自分に気づく。
何かが「無い」と思ってる。土俵が有るが、それを探してるわけではない(昔から相撲が盛んらしい)。
後日、他のサイトを見ていると、拝殿の先にある民家?との境に造られた壁に貼りつく様にして、鳥居が建っている。
多分、これを探してたんだ。覚えてるもんだねぇ。
何か足りないと思ったんだから、無くなっていたと思います。

はっと、社殿側に振り返る。フェンス向こうの石室から誰かが見てる。

DSCF1013t.jpg参道に入口。鳥居脇に鯉の池と亀の池が有る。
亀がわんさといる。
・・・動きが無い。造り物?
暫く見ていると、動いた〜。ああああ、これは面白い。
だらーとみていたいなあ。・・・・即売会途中で抜け出してるって。

写真上から
参道入り口
天御中主神社
屋根瓦
与三郎稲荷神社
亀いる
posted by Oz at 23:59 | TrackBack(0) | 神社

2011年12月18日

市村神社(長野市大字若里)

DSCF0973t.jpg祭神:(諏訪神社のようです。拝殿の扁額が「諏訪社」だったから)

詳細不明

-----
ビッグハットの脇に鎮座。
両部鳥居の添え柱(?)って、こんなに高かったけ?
DSCF0969t.jpg私の身長より高い。
社殿は、古び方がちょっと中途半端なですが、立派な作りです。
回りは宅地ですが、農村の鎮守って感じを今に残しています(詳細不明のため、想像)。
posted by Oz at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社

水内総社日吉大神社(水内=みのち、栗田神社、長野市大字栗田字東番場)

DSCF0960t.jpg祭神:大山咋命
   罔象女命
配神:天手力雄命、天思兼命、天表春命、天鈿女命

創建は由緒書きに拠れば「創立は遥かなため年代は確かではありません.」とされ、平安時代末から、当地を本貫とした栗田氏の氏神として、日吉大社から勧請されたそうです。
創建時は、長野市岡田に鎮座していました。
現在の鎮座地は、南北朝以前に築かれた栗田氏の城跡で、元和元(1615)城の取り壊し後、この地域の氏神・栗田権現として、戸隠の三神(配神のうち最初の三柱)を祀っていました。
明治四十一(1908)年、岡田に鎮座していた当社が、栗田大元神社(栗田権現)の当地に遷座。
この2社と吉原組(地名?)の日之御子神(天鈿女命を祀っていた)を合祀し、現在に至るそうです。

-----
DSCF0954t.jpg長野駅から向かったこともあって、神社側面より境内に入った。
社殿脇が公園になっているんですが、そこから、少しだけ見上げる位置に社殿が建っています。
土を盛ったのか、元々かは分かりませんが、正面の参道からみても、高い位置となっていて、威厳があります。
社殿は、新しめで、参道も舗装されています。
木々も、大木が幾本かありますが、社殿を囲む程度で、全体に明るい感じ。
清々しい空気を持った神社でした。

まあ、朝こんなとこに寄ってるから、遅刻寸前に・・・。
posted by Oz at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社

2011年12月05日

配志和神社(はいしわさん、一関市山目字舘)

DSCF0904t.jpg祭神:高皇産霊尊
   瓊瓊杵尊
   木花開耶姫命

式内(小社)
景行天皇四十(110)年、日本武尊が自ら矛を収め三神を鎮齋し、東奥鎮護の神として祠を建て火石輪(ホイシワ)と称した、と。
県社

DSCF0857t.jpg現社殿は、正徳元(1711)年の建立。
境内内に摂末社が幾社も有りますが、合祀でどんどん集積した結果の様です。
中でも日吉神社は、文化十二(1815)年に奥の源太夫(名工らしい)により建立された社が移築されています。

-----
随分前、大物だけを参っていたころ、一度来たことがある。
長い坂の参道を登っていくはず。

DSCF0892t.jpg背中の売れ残りが肩に食い込む。若干薄暗くなってきている。新幹線の時間もあるしなあ。
気づいたら、参道入口だよ。登るぞー。
丁度、選挙期間中で、下界から演説が聞える。
赤い人みたいだけど、かなりの音量だ。選挙期間中は、色んな意味で参拝には向かない時期だよ。

目の前には、果ての見えない坂が杜の中に延びている。前も後ろも誰もいない。
はは、テンションのコントロールが付かないまま、一気呵成で・・・いや、長すぎて・・・。
演説も後ろからの声援に聞えるわっ。
途中から、蚊とアブが身に纏わりつく(9月の初めだ)んで、シャツを脱ぎ、振り回して歩く。
DSCF0869t.jpg登るだけなら、いつものことだが、腕を動かし続けるのは、さすがに効いてきた様だ。
脇腹痛い。
意味不明の声を出しながら、登り切った。

社殿は、そう大きくないですが、さすがに式内風格が有りますねえ。
狛犬も一体一体が全然違う。
動悸で震える手を押さえつつ、参拝し写真を撮る。
DSCF0919t.jpg暫く、空気を楽しむが、虫だなあ、問題は。
季節を選べは、とてもいいところ。

帰りの下り。
荷物を転がして降りたかった。

写真1:上る
写真2:配志和神社拝殿
写真3:境内内日吉神社の狛犬。
写真4:下る
写真5:ここで見た揺れの後。

http://www.ganshinsei.jp/ichinosekishi/498a.html
http://www3.ocn.ne.jp/~hashiwa/sanpo.htm
posted by Oz at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社