2012年04月27日

20120219 「従是南 高遠領」(元)境界杭(伊那市伊那山寺八幡町)

DSCF1870t.jpgDSCF1872t.jpg会場だった「きたっせ」駐車場の一角に移築されていた。
高遠藩の境界を示す江戸時代の境界杭。
元々は檜の一尺角材だったそうだが、経費削減(?)のため石材になったという。
本来は、鳥居原というところにあったとされるが、確定は出来ない様だ。

明治二(1869)年の版籍奉還後、効力を失い、寺の土台に転用。
さらに寺の火災後、文化財に昇格して保存されていたが、きたっせ建設時に移築と、流転の時代を過されました。

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なかなか質実剛健な感じのする石碑。
正面の中央に走る線は、寺の土台時代のものか?
せっかくだから、ちょっと触ってみよう。
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