2011年12月23日

静内神社(日高郡新ひだか町静内御幸町5丁目)

DSCF1049t.jpg祭神:神武天皇
   事代主神

郷社

大正八(1919)年、蛭子神社と神武天皇社が合併して静内神社と称した(参道の由緒書きによる)。
または、昭和五(1930)年、神武天皇社を静内神社と改称したと(下記サイト参照)。
昭和二十(1945)年、現在地に遷座。

蛭子神社は寛政年間(1789〜1800)の創祀とも伝えられ、慶応三(1867)年の社記に漁師が海中から光る神像(?)を得たとの記載が有るらしい。
別の資料では、明治元(1868)年、函館の商人が勧請とも。
明治九(1876)年、村社。
DSCF1037t.jpg神武天皇社は、明治四(1871)年、この地に入植した、淡路島の稲田家の家臣が創建したそうです。
明治九年、郷社。

(由緒書き、北海道神社庁の神社データベース、「新ひだか町の歴史・アイヌ関連」様の記載を混ぜてみたので・・・。)

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DSCF1039t.jpg旧称の神武天皇社・・・ストレートな名前だなあ。
鎮座地は、旧静内町の中心地。フラグシップ的な意味での改称だろうか(新ひだか町の中心地でもある)。
即売会会場にも一番近いはず。

社標の横に奉納情報以外が彫られています。
「風雪百年輝く未来」
標語が付いてる社標は初めて見た。つうか、社標の横を見ようと思ったことが無いから気づかないだけ?
(余りにへろへろの字の時だけ、いったい誰が・・・と、思って見る位だ。)

一の鳥居から真直ぐ続く参道を進むと、立派な社殿が見えてきます。
長くもなく短くもない参道が、落ち葉を踏みつつ進むには、いい感じ。

DSCF1033t.jpg神馬は、境内隅に小さいのがいます。
今まで、見た中では、一番中途半端な大きさ。
首をかしげてかわいい(ちょっと、頭でかくてバランス悪いけど)。
横の錨は何(蛭子さんが居るから別に良いけど)?
神馬像がわんさといるんじゃないかと思ったんだけどね。

街中の神社で、これだけの広さの境内を持ちながら、余計な物が一つもないのは良いなあと思い、後にしました。

写真(上から)
一の鳥居から参道を見る。
境内傍らにて。寒いのに大変だ。
二の鳥居から拝殿を見る。
神馬

http://www.hokkaidojinjacho.jp/top.html

「新ひだか町の歴史・アイヌ関連」様
http://www.k3.dion.ne.jp/~kamishin/Jinja.htm
posted by Oz at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社
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