2011年11月28日

闘鶏神社(権現さん、田辺市湊)

DSCF0690t.jpg
祭神:伊邪那美命
配祀神:(西殿)事解之男命、速玉之男命
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    (上殿)天照皇大神、伊邪那岐命、宇賀御魂命
    (中殿)天乃忍穂耳命、邇々杵命、火々出見命、鵜草葺不合命
    (下殿)火産霊命、埴山比売命、弥都波能売命、稚産霊命
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    (八百万殿)手力男命、八百萬神

「鶏」の字は、異字体の奚に隹を正とする。「闘」も正しくは旧字(中が今と同じ方の字)

允恭天皇八(419)年、熊野権現(本宮)を勧請(田辺の宮) OR 天武天皇十三(684)年。
白河法皇の御代に熊野三所権現を勧請、久安三(1147)、上・中・下殿の11柱を勧請し、新熊野権現とした。
元禄五(1692)年の石灯篭では、新熊野鶏合大権現。
神仏分離で現社名。
別表神社。

DSCF0763t.jpg由緒書きでは「新熊野鶏合大権現 闘鶏神社(いまくまのとりあわせだいごんげん とうけいじんじゃ)」としている。
社名は、源平合戦のおり、別当湛増が赤鶏、白鶏を戦わせて、源平どちらに味方するか決めたという故事に由来(白組勝ち)

社殿の並びに方向性が無いのは、熊野本宮の古い配列を模してるため(本宮は水害で、配列変更済み)。
現存の一番古い社殿は、元和五(1619)年。

背後の杜は、仮庵山(かりおやま)といい、古代祭祀跡指定地らしい。

南方熊楠夫人の実家。

弁慶社とかもある。

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DSCF0751t.jpg田辺市の市街地に在りながらかなり広い境内。
杜も大きいですね。ただ、拝殿のある辺りは、開けているため、暗さはなく、明るい感じ。
社殿は堂々としていますし、細かい装飾も見ていて飽きない。
石灯籠の装飾も色々あるなあ。
ああ、神社らしい。

さて、社務所前。
かなり大きなおみくじの筒が置いてある。
うう。
神職に「アレは引けるんですか?」と聞いてみる。
「フフッ。引けますよ」と不敵な笑い。
では、やらねば。肩に担いでえいっと振る。


DSCF0753t.jpg一人でやるもんじゃないな。出て来てるみくじ棒が見えない。
神職が丁度参拝に来ていた女性に見てあげてとお願いしてくれる。
すいません。すいません。
無事、中吉。
色々面白い神社です。


写真(上):拝殿。
写真(中1):ちょっと離れてみる。
写真(中2):湛増・弁慶の大きな銅像もあるが、ここは鶏で。
写真(下):上に携帯電話を載せてみた。

http://wakayama-jinjacho.or.jp/jdb/sys/user/GetWjtTbl.php?JinjyaNo=7001
posted by Oz at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社
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