2011年10月05日

稲荷神社(田辺市紺屋町)

DSCF0486t.jpg祭神:豊受比売命(社殿横の標柱)
   稲倉魂命(由緒書)

日本最古の稲荷神社ですよ(・・・大きく出たな)。

創建が、弘法大師のころ(・・・まあ、いい)。
闘鶏神社の境外社の稲荷神社ってここかな?

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八立稲神社参道の急峻な坂を逆落としに下り(いや、たらたらと)、会津川の激流を鬼神の如く渡り(旧会津橋をだらだらと)、北に一路地進んだ所に鎮座。

ここも、立派な門(倉庫OR集会所?)を持っています。
境内は、そう広くないですが、綺麗に砂利がひかれ、掃除もちゃんとしてあり、大切にされてそう。
小さいながらも、門で区切られる分、聖俗がはっきりと分かれた清々しい神社です。アレ以外は。

で、門内の上部に掲げられている由緒書きを読んでみると・・・。
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DSCF0506t.jpg「日本最古稲荷神社由来」
(以下、大幅に略しつつ)
旧記、口碑によれば、この稲荷神社の由来は、斯くの如し。
弘法大師が熊野の地を巡錫した時、稲束を持った白髪の異人に会った。
そして、「多くの穀菜を豊かならしめんが為此処に在り」と言って忽然と消え去った。
大師は、森の中に輝きを見つけそこに行くと(ここに小文字で「注意」と書かれている。以下が注意書きって事?)、この辺は、元和五年、安藤氏入府以前は原野であり・・・(弘法大師の説話中に元和の事例を入れなくても・・・)。
森の中に社があって、大師は「天降り稲荷」と名付けたと。
名高い伏見稲荷もここの御分霊を勧請したものであると(なんでそんな主客転倒が・・・)。
以下、明治二十二年まで話が飛んで、洪水にも流されなかった話が続き、田辺の地は、交通が不便なので、このような霊威ある神社も知られていないのは、遺憾だ。
これを世に知らしめんとして記す。大正七年・・・。

なるほど。己の不明を恥じている所です。
posted by Oz at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社
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