2011年08月21日

観音堂有浦神社(大館市有浦4丁目)

DSCF0320t.jpg祭神:観世音菩薩(多分ね)

万治年間(1658〜1860)には、お堂が有ったようだ。
少なくとも明治四十四(1911)年には、有浦神社と称されていた様だが、どこをどう見ても、観音"堂"。
社頭の「ご由来」にも神社的な要素は無い。
有るのは、新しい社標の「観音堂有浦"神社"」のみ。
ただ、「神社」と書いてある以上、反応する(名目至上主義)。

以下、由来書きを、大胆に纏めてみる。
天正末期(末年=1592年)から当地が開墾され、その過程で菩薩像が掘り出された。
パターンに従ってはいるが、なかなか気性が激しい菩薩ようだ・・・。
万治のお堂は、かなり立派なものであった様だが、このお堂の建立後、水害、害虫による凶作が続き、当観音に祈願したところ、夜半に一大震動がおこり、お堂の造作が全て吹き飛んだ。
その後、修理もせず、ほっておくと、それ以降、豊作が続いたため、以後の建替に際しても吹きさらしのお堂とした。

まあ、シンプル好きってところは好感が持てるが、希望の伝達手段は要再検討だろう。

なお、大館神明社の御由来によれば、明治四十四年、有浦神社(有浦の観音さま)を、合祀しておりますと。

では、ここに有るのは何?
当社社頭の御由来には、合祀の話は一切出てこない。

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お社・・・いや、お堂は、シンプルなもの。
格子から覗くと、金色の観音像が目に入る(そう古くはなさそう、本物は、合祀され移動した?)。
お堂の前に近年少々大き目の東屋を追加してある。
ほどほどに手入れされ、良い感じ。
観音様的には満足だろう。
ただ、手水舎の水盤に「友愛の泉」と彫ってあるのには、舌打ちしている気がする。

即売会場から一番近い。
posted by Oz at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社
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