2011年06月22日

館山市で買った本(2冊)

『房総沖巨大地震 元禄地震と大津波』(伊藤一男,崙書房出版,1983)[千葉県]

歴史地震学として、古地震の復元の必要性や、その概要をまとめ、その次に、房総沖地震被害史から、房総半島にかなりの被害をもたらした元禄16(1703)年の地震と津波の状況を詳細に描きだしている。
本自体は、十分に面白い。
でも、斜めに読んでみる(以下、文中には、私の考えも適時適当に混ぜた)。

2011/04/30 再版の第4刷発行です。分かりやすいタイミング。
まあ、私もそれで買ってますが。

この本の序文は、1983年の秋田沖地震の被害から書き出しています。
主要な被害は、秋田で遠足の小学生が津波(と共にやってきたアントク様)にさらわれたというのがありますが、その他にも、津波の被害が出ており、著者は「日本海側は歴史的に津波被害が少なく・・・」と、太平洋側に比べ、津波への啓発、対策が遅れていたとしています。
この考えは、03/11までは正しかったかな。
本書にある歴史上の被害を読むにつけ、「日本全土の海岸線は、全て30年に一回くらい4m規模の津波に襲われ、たまに想定外でどこかの堤防が崩れる」位でないと、過去の経験というものは十分生かせない気がします。

あと、秋田沖地震の被害記事の中で気になったのは、
  青森県むつ市大湊港に停泊中の原子力船「むつ」の船体が激しく揺れ、津波に備えて全員待機の態勢に入る。
・・・まあ、30年前も程度の差こそあれ、同じ様なもので・・・。

歴史地震学の概要の中では、今村明恒博士についての事が、少し書かれています。
戦前の地震学者で、当時は受入られなかったものの、津波発生のメカニズムを明らかにし、1933年の三陸沖地震後、津波被害を防ぐため、住民の高所移転を提唱した方ですが・・・。
・・・こんな話、最近も聞いた気がする。
高台での生活は老人には酷な(元の生活場から離れる点と、道のアップダウン) 気もするんだけど、もう人口が増える見込みが無いんだから、今がチャンスなのかなぁ。

さて、この本の本題である、元禄の大津波については、外房の津波被害を丹念に復元している。
百人塚、千人塚、溺鬼塔と呼ばれる塚や供養塔を調べ、死者数、住民内の死者の割合等を明らかにし、興味深い内容だと感じる。

海に面さなくても、川を津波が遡って、高台の背後の低地にも被害を与えてるんだねえ。
千葉にも、波切地蔵とかあるよ。

さて、後書き。
後書き本文の後に「再版に際して」として、1991年の再版時の文が追記されている。
雲仙普賢岳の噴火だ。
筆者は、既に鬼籍に入っておられるが、お元気で有れば、今回の新刷に対して何と書かれたろうか?


-----
『房州Magazine No.004 2010 summer』(房州堂,2010)[千葉県]

館山の地域雑誌。
特集「波」。
表紙には、[フルカラー新創刊号」と書かれていますが、表紙は、モノクロの波の写真(雑誌名のみピンク、中のページははフルカラー)。
まあ、良いセンス。
特集ということで、巻頭は波の写真が6ページほど。
大きなうねりで、浮世絵の波そのままな写真もあります。この位なら、綺麗だなあ。
その後は、「波の伊八」に関して鴨川市郷土資料館の学芸員さんへのインタビュー。

波の伊八:武志伊八郎信由(たけしいはちろうのぶよし)江戸後期に千葉の鴨川周辺を拠点に活躍した彫師。通称の通り「波」の表現力に優れる。
鴨川市郷土資料館には、実物の展示もあったはず(随分前の記憶だが。)近くに行けばぜひ。

「波」繋がりで載せた様だが・・・。これは、どうだろう?内容については、面白いんだけどなあ。
彫刻の写真は3点。
まず、19歳くらいの時の「麒麟」の蟇股。えっ、こんな凡庸な作風だっけ?
次が、37歳の時の「麒麟」の脇障子。これはすごい。限られた空間の中に置かれた麒麟の躍動感もさることながら、周りを囲む雲のデザイン性が秀逸(鴨川市 吉保八幡神社本殿)。
最後が52歳の大山寺不動堂の向拝。大きく迫力ある龍。獅子や象も負けてない。龍は2頭いて、一頭には明示的な翼がついてるように見える。これは、実物を見たい。

あとのページは、地元の高校の紹介があったりで、それほどかな。
posted by Oz at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 手に入れた本
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/46193424

この記事へのトラックバック