2010年12月20日

20100924 八幡神社(能美市仏大寺町)

P9250251t.jpg
祭神:応神天皇
   神功皇后
   比淘蜷_

村社、神饌幣帛料供進神社
養老年間創立したと伝えられる。

今回の目的地。
数年前に見た、地元新聞の記事
「能美市山間部にあり、わずか十戸三十人の集落「仏大寺(ぶつだいじ)」の住民が、老朽化した神社の建て替えを進めている。過疎が進んだ小さな集落にとり、新築費用の負担は重く・・・・「神社はあって当たり前」と住民に迷いはなく・・・住民有志から「今、再建しなければ、いつ誰がするのか」・・・・(落成後)町会長は「たとえ自分の家が絶えても末裔(まつえい)まで社を伝えたい思いだ。ありがたいことに多くの人に応援してもらえた」と話している。」
との記事を読んで、いつか行こうと思っていた。

いくつかの神社で、かなりのダウングレードとなる再建を見てきたんで、これは見たいなと。
ただ、どこの氏子でもない私には微妙に分からない感覚ではあるし、正しい選択かもわからない。

まあ、歩いたよ。
刈取の最中の田んぼを見ながら(1.5時間程でしかないけど)。
新しいトンネルができた様で、道路も新しくなっていて歩きやすかった。

で、ようやく「仏大寺」の道路標識を見た時は、五島列島で「古里」の標識を見つけた時と同じ感覚に陥ってしまった。
「やったよ。俺。」って。

さて、仏大寺町。
「仏陀禅寺(仏大寺)は能登総持寺の第三世大源宗真禅師が一三六三年に開創された夢幻寺です」の領域にかかる集落だそうです。
夢幻寺・・・いかん、興味がこっちの方向に行きそうだ。
仏陀禅寺が寺名だから、完全に消え去った寺の意味なのかな?
今は、遺水観音山の登り口です。

取敢えず、町の端まで歩いてみる。うーん、小さい。

では、目的の神社へ。
人の家の敷地では?とも思えるような道を通り、神社正面へ。
山の中腹とまでは言いませんが、ちょっと高台。
周囲を見渡せる様な高台でもないが。

経緯を知ってるだけに真新しい社標が誇らしげ。
肝心の社殿は、鞘堂(アルミフレームとアクリル板)の中なのでいまいちではある(まあ、これはしょうがない)。
午後は逆光で上手く写真撮れないのも、残念。
それでも、狛犬も石の扁額もよくできている。
好きな感じではあるが、この神社が良いのか、「頑張った俺」感が良いのか、よくわからなくなってなあ。

水盤の正面の彫・・・「水」と。・・・確かに。

「北國新聞社 2006年4月1日 きょうのニュース 」
http://www.hokkoku.co.jp/_today/H20060401001.htm

「Web辰口町史 仏大寺」
http://www.jaist.ac.jp/ks/labs/sugiyama/introduction/k-koseki/web-tatsunokuchi/t_s/table/trad/butsudaiji.htm
posted by Oz at 04:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/42167291

この記事へのトラックバック