2011年12月23日

町民ギャラリー「うま倶楽部」(日高郡新ひだか町静内御幸町)

ショッピングセンターの2階にある。
即売会の会場と同じところ。
エスカレータで上がると、正面に競馬のゲートが見えます。
これが入口。

最初は、馬の本場、モンゴルの展示。
正面に、モンゴルの民族衣装を着たマネキンが座った状態で展示してあるのですが、ここで興味を引くのは、警告文。
以前、マネキンと同じ台座に上がり写真を撮った人がいたようで、監視カメラの画像と共に警告されてます。
いや、展示自体も面白いんですが。

後は、競馬関係・・・ここは、あんまり。
昭和初期の「新冠御料牧場」のジオラマが面白いくらいかな。

まあ、競馬好きなら。

今回行った時は、特別展示として、アイヌの人が使う植物の展示があり、これは興味深かった。

http://www1.ocn.ne.jp/~sibchari/uma.html

新ひだか町静内郷土館(日高郡新ひだか町静内古川町)

2階建ての良くある普通の郷土資料館のように見えたんで、舐めて掛ってました。
この規模にしては、資料的に濃い目。
展示は2階のみ。
階段を上がると、定番のヒグマ、エゾシカ、その他、小動物のはく製。
この町は、海もあるので、海獣の類。
子エゾシカかわいい。
海獣は、種類によるなあ。

展示室に入ると、右手に土器がズラリと。
ああここ、標識土器の「静内中野式土器」が出土してるんだ。
漆塗の櫛も色がきれい。

奥には、当地に開拓に入った稲田家の資料類が有ります。
ここでは「庚午事変」と呼ばれる幕末の淡路島で起きた騒動(漢字四文字だと大げさに見えるな)の説明が眼を引きます(稲田家目線で書かれてます)。
阿波の「蜂須賀家」と家臣である淡路島城代「稲田家」の内紛。これで、徳島県は、淡路島を失ったそうです(詳しくは、静内神社の所にリンクを張った、「新ひだか町の歴史・アイヌ関連」様参照)。

後は、化石(きれいなアンモナイトがあった)やら、近現代資料とか。
まあ、どこかで見たこと有るものばかりだから、さらっと流せば・・・。
ん?見たことないものが有る。
「タコ足式直播器」。
北海道は、寒さのため、苗代が作れなかったらしい(今は改良されてる)。
それで、水田に直に種もみを播いたそうだ。
そのための装置。
種もみを播くための管が、タコの足の様に何本も出ている。
いろんなものが考えられたんだなあ。

公式
http://www1.ocn.ne.jp/~sibchari/shizunai.html

こっちの方が写真豊富
http://shinhidaka.com/sisetu/rekisi/kyoudo/kan.html

静内神社(日高郡新ひだか町静内御幸町5丁目)

DSCF1049t.jpg祭神:神武天皇
   事代主神

郷社

大正八(1919)年、蛭子神社と神武天皇社が合併して静内神社と称した(参道の由緒書きによる)。
または、昭和五(1930)年、神武天皇社を静内神社と改称したと(下記サイト参照)。
昭和二十(1945)年、現在地に遷座。

蛭子神社は寛政年間(1789〜1800)の創祀とも伝えられ、慶応三(1867)年の社記に漁師が海中から光る神像(?)を得たとの記載が有るらしい。
別の資料では、明治元(1868)年、函館の商人が勧請とも。
明治九(1876)年、村社。
DSCF1037t.jpg神武天皇社は、明治四(1871)年、この地に入植した、淡路島の稲田家の家臣が創建したそうです。
明治九年、郷社。

(由緒書き、北海道神社庁の神社データベース、「新ひだか町の歴史・アイヌ関連」様の記載を混ぜてみたので・・・。)

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DSCF1039t.jpg旧称の神武天皇社・・・ストレートな名前だなあ。
鎮座地は、旧静内町の中心地。フラグシップ的な意味での改称だろうか(新ひだか町の中心地でもある)。
即売会会場にも一番近いはず。

社標の横に奉納情報以外が彫られています。
「風雪百年輝く未来」
標語が付いてる社標は初めて見た。つうか、社標の横を見ようと思ったことが無いから気づかないだけ?
(余りにへろへろの字の時だけ、いったい誰が・・・と、思って見る位だ。)

一の鳥居から真直ぐ続く参道を進むと、立派な社殿が見えてきます。
長くもなく短くもない参道が、落ち葉を踏みつつ進むには、いい感じ。

DSCF1033t.jpg神馬は、境内隅に小さいのがいます。
今まで、見た中では、一番中途半端な大きさ。
首をかしげてかわいい(ちょっと、頭でかくてバランス悪いけど)。
横の錨は何(蛭子さんが居るから別に良いけど)?
神馬像がわんさといるんじゃないかと思ったんだけどね。

街中の神社で、これだけの広さの境内を持ちながら、余計な物が一つもないのは良いなあと思い、後にしました。

写真(上から)
一の鳥居から参道を見る。
境内傍らにて。寒いのに大変だ。
二の鳥居から拝殿を見る。
神馬

http://www.hokkaidojinjacho.jp/top.html

「新ひだか町の歴史・アイヌ関連」様
http://www.k3.dion.ne.jp/~kamishin/Jinja.htm
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2011年12月22日

20111204 花鳥風月 100(松江市)

このイベントに参加するのは2回目。
16年目で100回目を迎えられました。
個人主催(多分、個人主催だと思う)として100回目を迎えるのってここが初めて?(四国の方で1つ越えたのが有ったらしいと、噂で聞いたことが有るのだが。)

募集の200スペースは満了(実際の配置は、300SPを越えてる)。抽選漏れもあったようです。
一般も多いですね。パンフは売り切れ。
隣の「きゃら在月」からも、本当の一般が結構流れて来てました。

100回目ぽいのは、抽選漏れがあったところとサブタイトル「百回目!大感謝ちょっとだけ豪華スペシャル」、開催挨拶(いきなり噛んでた)の時に100回目って言ったくらいかな。
ここは、いつもサブタイトルに「〜スペシャル」って付けてるからなあ。
なんか、平常心で100回目を迎えた感じ。それも悪くないな。
ガ●ケの異常な盛り上がりと対照的で面白い。

残念なのは、せっかくの100回目で、となりが「きゃら在月」なんだから、連動企画とかあっても良かったのでは?(無理を承知で言ってる)
ひこにゃん先頭にキャラが通路を練り歩き、ひこにゃん本出してるサークルには、、ひこにゃん手づからに警告書をわたすという・・・。
ひこにゃん攻、せんとくん受の作者には、両キャラが角で目を突くとかさ。

まあ、盛況だったのは、何より。
山陰という明らかなハンデを抱えつつ、この盛況ぶりを維持できるのはなぜ?
(私認定)同人誌即売会七不思議のひとつだよ。
posted by Oz at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 即売会

煉獄にあるのは、自分の存在への不安だけ。

12月の第一週は松江に行っていた。
前日の天候不良を引きずり、この日も飛行機はそこそこ揺れる。
途中、雲に囲まれてはいるが、雲も揺れもない空間を10分ほど飛行した。
感覚的に無音な感じ。
イヤホンを付けているんで、BGMは聞えるから,実際は違うのだが。
ぼーと、窓から雲を眺めていると、「煉獄ってこんな感じかもね」と、寝不足の頭がおっしゃった。

その後、幾度かの大揺れもありながら、無事に出雲空港着。
今は、「出雲縁結び空港」って言うんだね。
縁結びグッズとか、煽り文を見ながら、ああ、お金の匂いがいしていい感じだなあと。

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この日は、酷く不順な天候。
雨が止んだかと思えば、強風を伴って強く降ったりと、散々。
早々にホテルに入る。
部屋にマッサージチェアが有った。
実は、まだ使ったことが無かったんで、使ってみる。
うああ、気持ちいい。
これで、もう少し小さくなれば買いそうだ。

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翌日曜日は、即売会。
朝、観光を考えるも、ギリギリの出発。
そんなに距離は無いし、前日とはうって変わって、いい天気なんで、歩いて国引き大橋を渡り、会場入り。
今回の会場は、隣のホールで「きゃら在月」ってイベントをしていた。
うっかりしてた、この日は、神在月の終りの時期か。
このイベント自体は、中国地方を中心に各地のゆるキャラ大集合みたいなイベント。
「ひこにゃん」と「せんとくん」も来てるみたい。
キャラの一覧の乗った小冊子を貰った。
うーん、「ひこにゃん」と「せんとくん」は、色々意見もあろうが、ずば抜けてるな。
地元島根の「しまねっこ」も検討してる。
出色は「ひろしま清盛」か。6等身は気色悪い。

ただ、総じて、ゆるキャラって、ハイパーインフレーション起こしてね?
1県あたり5体までとか、法律で制限をかけた方がいいぞ。
政権に働きかけねば。

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帰りの飛行機。
羽田空港の指示で出発待ちとなった。
まあ、いつもの事。

ただ、いつもは軽く客室乗務員のアナウンスだけのはずだが、この日は機長が説明。
これが、丁寧でさ。
なぜ、そうしないといけないかまで言ってる。
そのあと、前日の天候の荒れで、航路上揺れるかもって説明が、「航空気象学上・・・」とか言ってるし。
分かりやすいような、分かりにくいような。
これが客室乗務員にもうつり、アナウンスがやたらと細かくなっていた。
たまには、面白い。
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2011年12月21日

車塚古墳(防府市車塚町)

DSCF0990t.jpg防府市指定史跡

6Cの前方後円墳。典型的鍵穴型。
築造時は、長さ60m、高さ6m程度あったようです。
ただ、現在は、神社の建立時に、くびれから方墳部が大きく削られています(案内板には後円部からくびれと書いてあったけど、方墳部の方が酷く削られている気がする)。

佐波地域で現存する前方後円墳としては、最大。佐波川水系全域を支配した首長の墓と考えられるそうです。

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DSCF1001t.jpg神社入り口に防府市教育委員会の案内板が実測図付きで建っている(上の文はそれに拠った)。
古墳前にも案内板が有って、
「国津姫の命(又は神夏磯姫の命)海の神様(市寸島比売命)の墓で全国的に車形の塚は余り存在せず。」
神夏磯姫はルビあり「かんなしひめ」か「かんないひめ」と呼ばせています(4文字目の所の写真、フェンスと被って文字が一部しか見えない。いつ頃、誰がこの名前を引きずり出してきたんだろう?)。
DSCF0993t.jpgああ、石室の中から見てるあの方ですよ。

そんなことより、いつ作った説明板か書いてないんですが、「余り存在せず」・・・ざらに見てきたきがする。
教育委員会側の説明板は「全国的に車塚と呼ばれる前方後円墳が数多く存在している」と。
統一した方が良いって。
国津姫の命のとこは、もう少し突っ込んで欲しいけど。

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DSCF0994t.jpgさて、この古墳。
上まで登れるようになっています。
一部危険なため、ロープが張ってはありますが。
古墳の上から神社を見降ろし、風に当たっていると時間を忘れるようです。
でも、「こんなところで、油売ってないで、会場にもどったらどうです?」と、姫様が言っているので帰ります。

写真(上より)
方墳部石室
円墳部石室(与三郎稲荷神社に組み込まれている)
上に登った
円墳部より(手前が、与三郎稲荷神社、斜め奥が天御中主神社)

天御中主神社(車塚妙見社、防府市車塚町)

DSCF1021t.jpg祭神:天御中主大神
   大国主命
   宇迦能魂大神
   猿田彦命

創建は、推古天皇二十四(625)年。
毛利元就から書状も送られてる由緒のある神社です。

与三郎稲荷神社と境内を同じにしており、社殿の後ろには、車塚と言われる前方後円墳があります。
天御中主神社社殿が、くびれ部分から方墳部に建ち、与三郎稲荷神社が円墳の前に建っています。
与三郎稲荷神社は、拝殿から石室が覗ける・・・というか、本殿が石室の様です。

DSCF0979t.jpg神仏分離前は、妙見社だったんでしょうね。

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即売会会場から一番近い。
二度目の参拝。
以前来た時は、デジカメが電池切れ寸前だったんで、この神社の写真は撮っていない。
いや、境内のベンチで死んだように眠る猫と社殿どちらを撮るとの選択を迫られ、躊躇なく猫を撮った(うちのサイトの「mail」ページの背景画像)。
判断に間違いはない。

DSCF0977t.jpg境内西側から入ります。社殿は、正南面。
そのため、参道を進んで、90度左に曲がり、社殿に相対します。
左右には、スマートな狛犬が座り、左手後方には、方墳部の石室が見えています。
屋根の上に何となく違和感。
アレは・・・・。正面に恵比須?。祭神的に大黒様な気もしますが、被り物が恵比須様ではないかと。
後ろが古墳て事もあり、若干暗めの神聖さ、拝殿前が大きく開けていることから、明るい賑やかさ(実際は静かだが、そう感じた)という二つが同居する素敵な感じの神社でした。
街の中の小さな神社としては奇蹟的なバランスかと。

DSCF1007t.jpg参拝を済ませ、拝殿にお尻を向けて、無意識に何にかを探している自分に気づく。
何かが「無い」と思ってる。土俵が有るが、それを探してるわけではない(昔から相撲が盛んらしい)。
後日、他のサイトを見ていると、拝殿の先にある民家?との境に造られた壁に貼りつく様にして、鳥居が建っている。
多分、これを探してたんだ。覚えてるもんだねぇ。
何か足りないと思ったんだから、無くなっていたと思います。

はっと、社殿側に振り返る。フェンス向こうの石室から誰かが見てる。

DSCF1013t.jpg参道に入口。鳥居脇に鯉の池と亀の池が有る。
亀がわんさといる。
・・・動きが無い。造り物?
暫く見ていると、動いた〜。ああああ、これは面白い。
だらーとみていたいなあ。・・・・即売会途中で抜け出してるって。

写真上から
参道入り口
天御中主神社
屋根瓦
与三郎稲荷神社
亀いる
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2011年12月18日

市村神社(長野市大字若里)

DSCF0973t.jpg祭神:(諏訪神社のようです。拝殿の扁額が「諏訪社」だったから)

詳細不明

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ビッグハットの脇に鎮座。
両部鳥居の添え柱(?)って、こんなに高かったけ?
DSCF0969t.jpg私の身長より高い。
社殿は、古び方がちょっと中途半端なですが、立派な作りです。
回りは宅地ですが、農村の鎮守って感じを今に残しています(詳細不明のため、想像)。
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水内総社日吉大神社(水内=みのち、栗田神社、長野市大字栗田字東番場)

DSCF0960t.jpg祭神:大山咋命
   罔象女命
配神:天手力雄命、天思兼命、天表春命、天鈿女命

創建は由緒書きに拠れば「創立は遥かなため年代は確かではありません.」とされ、平安時代末から、当地を本貫とした栗田氏の氏神として、日吉大社から勧請されたそうです。
創建時は、長野市岡田に鎮座していました。
現在の鎮座地は、南北朝以前に築かれた栗田氏の城跡で、元和元(1615)城の取り壊し後、この地域の氏神・栗田権現として、戸隠の三神(配神のうち最初の三柱)を祀っていました。
明治四十一(1908)年、岡田に鎮座していた当社が、栗田大元神社(栗田権現)の当地に遷座。
この2社と吉原組(地名?)の日之御子神(天鈿女命を祀っていた)を合祀し、現在に至るそうです。

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DSCF0954t.jpg長野駅から向かったこともあって、神社側面より境内に入った。
社殿脇が公園になっているんですが、そこから、少しだけ見上げる位置に社殿が建っています。
土を盛ったのか、元々かは分かりませんが、正面の参道からみても、高い位置となっていて、威厳があります。
社殿は、新しめで、参道も舗装されています。
木々も、大木が幾本かありますが、社殿を囲む程度で、全体に明るい感じ。
清々しい空気を持った神社でした。

まあ、朝こんなとこに寄ってるから、遅刻寸前に・・・。
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2011年12月17日

20111126 KEY 004(北方市)

DSCF1319t.jpg北方は、2度目の参加。最初はこのイベントの1回目。
今回で、このイベントが休止ということと、やり残したことがあるので参加してきました。
(会場に一番近い神社に道を間違えてたどり着けなかったとか、見たい土偶が英国出張中だったとか。)
KEYの意味合いは、毎回変わってるらしく、今回カタログ表紙の記載では、
Kitakamide
Eventmo
Yonkaime!!!!
カタログ、奥付けでは、
Kitakamide
Eventwo
Yatteyokatta!!!!
と。
なかなか、見せるねえ。

さて、今回で、4回目。初開催から3年目。
サークル数は、15。ほとんどのサークルが2スペース取っているんで、スペース数的には28。
あやふやな記憶ですが、前もこの位だったはず。
配置は、窓際の壁列と、島が1つ。
会場的には、少し余裕があるかなとも思いますが、横に長い会場の為、島の方は後ろが狭いかなあ。
まあ、会場制約でしょうがないか。
他に制約としては、下足が駄目なため、スリッパに履き替える必要があります。配置図の隅には、「靴置場」が。

イベント自体は、まったりと過ぎて行く感じですかね。
KEYという国の住人を(絵や文で)募集するサークル・一般参加型の企画も1回目から続けていて、なかなか考えられた運営をされてます。
小さめのイベントならではですね。
まあ、うち的には、やることが余りないんですが、イベント自体にホッとする部分があり、見てて好きなイベントでした。

DSCF1321t.jpgあと、欲しかった三陸地方の即売会のチラシが手に入り、満足。
サイトでやることは知ってましたが、やはり、チラシを見ると安心する。

最後は、スタッフが並んでの挨拶。
で、近隣イベント合同で花束。

どうも、お疲れさまでした。

写真上:会場向かいの公園から会場全景
写真下:そこから、北上市中心部を見る
posted by Oz at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 即売会